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弱酸性デメリット

なんか書く

「亜人ちゃんは語りたい」を語りたい

このブログが始まって数日が経ちました。まぁ、大ヒットって感じではありませんけど読んでくださる方もいるようで大変ありがたく思います。
と感謝の言葉はこのくらいにしまして早速本題の方に移らせて頂きます。

さて、東浩紀が言うにはオタク文化はキャラクター文化であるらしい。本筋のストーリーよりもその中で動くキャラクターの方に関心がいくそうだ。世に溢れる二次創作を見るにその傾向は否定できないだろう。つまりそこでライターは頭を振り絞り魅力的なキャラクターを書こうとしているわけだが、最近(気がついてないだけで最近ではないのかもしれないが)はいわゆるテンプレ的なキャラクターが増えてきたように思える。例えば、ツンデレとか無口っ娘とかそういう有名な属性をキャラクターにつけてあまつさえタイトルにまでしてしまう。そこには作者が書きやすいという利点があると共に読者は選びやすいという利点がある。
よくあるオタク文化に疲れた人の中ではこういうのを嫌う人もいて、「皆同じようなキャラクターに見える」のだそうだ。
そうしたいわゆるテンプレ作品は残り続けるのだろうか?そしてつまらない作品ばかりになるのだろうか?
僕は前半は正しいと思う。指輪物語が大ヒットになったとき指輪の件だけ訂正しただけのパクリ小説が売れに売れたという。ポップカルチャーなんていつの時代もそんなものである。
しかし、後半は正しくないだろう。ロミオとジュリエットを現代風にアレンジされたウェストサイドストーリーなど既存の属性、キャラクターを元に良い話が書けないなんてあり得ないだろう。

長いこと書いてきたわけだが今回紹介するのはペトスさんの「亜人(デミ)ちゃんは語りたい」だ。本作品では吸血鬼、サキュバス、雪女などの既存の属性を用いながら良質なエンタメ作品として昇華している。
ではあらすじから。

あらすじ
高橋鉄男は大学時代に亜人についての研究をしようとしていたがそれは実現出来なかった。
しかし、赴任してきた柴崎高等学校で四人の亜人に奇跡的(本作では亜人はアルビノのような特異体質に近く絶対数が少ないのである)に遭遇する。ヴァンパイアのひかり、雪女の雪、デュラハンの京子、そして教師である佐藤先生。
高橋鉄男は語りたい。亜人ちゃんと語りたい。

書評 
本作の魅力としてあげたいのが設定の練り込みの量である。テンプレ的な属性である亜人を伝承から生理現象、その属性を踏まえた本人の性格などあらゆる方向から考察され、地に足がついたキャラクターを描いている。特異な性質を持つ彼女らだが二次性徴に悩む思春期の女の子(一名を除く)のリアルがある。例えば、デュラハンの京子は恋愛に悩み、雪女の雪は自分の能力が誰かを傷つけてしまうのではないかと恐れている。
そんな少しだけ違う彼女たちが学校という社会生活の中で普通の人たちからどう受け入れられるか、あるいは衝突したときにどう解決するかがこの作品のメインテーマだ。本作は基本コメディではあるがこのメインテーマについて安易な妥協はない。一方で、過度にシリアスにならず胃を痛めることもないので安心して欲しい。
また、主人公がカッコいいのも本作の魅力である。カッコいいというのは例えば亜人の悪口を言った奴をボコボコにする、みたいなカッコよさではない。亜人ちゃんの悩みを聞き解決策について一緒に考えたり、粘り強く対話を続けたりする大人のカッコよさだ。そういう一歩引いた良き理解者としての在り方は教師という設定だからこそできた話だろう。

本作はかなり小さく纏まっていて基本一話完結、長くても一巻の中で話は終わるので是非一巻手にとって読んでみて欲しい。僕も「あーまたテンプレラブコメかよー」とか思いながら一巻を試し読みしたところ思わぬカウンターパンチを食らった。
とはいえ、漫画の展開はジェットコースター並みに急なこともあるので次の巻から黒人のヴァンパイアハンターがやって来たり主人公が闇の力に目覚めたり、やけに魚顔のヒロインが転校してきたりイケメンヴァンパイアとの禁断の恋愛(笑)が始まっても本ブログは一切の責任を負わないからそのつもりで。

この記事の評判を見てから記事の形式を変えようかと思います。意見くださるとうれしいです。
ではまた次の記事で。
じゃあね!