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弱酸性デメリット

なんか書く

攻殻機動隊SAC三話 ささやかな反乱ー前編 ロボットが人間の心を持つか

お久しぶりです、今日もしょうもない話を一つ

 最近、人工知能の話題を耳にすることが多くなった。それに伴いささやかな夢を持つ人も少なくない。例えば、人間の心を持つロボットが生まれるのではないか、と。例えば鉄腕アトムドラえもんみたいな。その前に今いる人間を大切にしていただきたいものだが。 
 僕が考えた結論から言うと、人間に近い知能は作れる。ただ、「心」は生まれない。これは別にセンチメンタルなわけでも、逆に悲観的な考えをしているわけでもない。これは簡単な考察によって導けると思う(実際筆者はクソ文系である)
 まず、知能に関していえば種々の問題は現状存在し、それまで人工知能の研究が進むかは疑問だが理論上作れるだろう。なぜかというと人間自体機械に類似しているから。例えば、遺伝子は生命のプログラムであり、脳は電気信号を介して動き、脳機能はハードウェア、記憶・経験などをソフトウェアと考えられる。昔読んだだけなので間違えていたら申し訳ないが、リチャード・ドーキンスの言葉を借りれば「人間は遺伝子を運ぶ乗り物」なのである。
 ただ、人間の心となると話は別だ。これは人間の心が定義不可能だとか奇跡とか言うわけではなく単純にアンドロイドと人間ではあり方が違うからである。分かりやすく置き換えよう。例えば、魚が人間と同じ知性を得たとして人間と同じ心を持つかといえばそれは難しい。数万の子供を産む魚類と少なく子供を育てていく哺乳類では、死生観文化価値観すべてが異なるだろう。民族が離れている程度であれば共感もあり得たかもしれないが、ここまで離れていては無理である。人間の共感と理解の範疇を超えている。きっと「心がない」とか「人でなし」とかいうだろう(実際人ではないが)
 アンドロイドも同じだ。ましてや相手は生物として定義であり意義である「子孫を残す」という前提がない。アンドロイドはあくまで非生物であることを忘れてはいけない。では、子供を作るようにプログラムすればいいじゃん、というとそんな簡単にもいかないだろう。プログラムの複製は簡単だと思うが遺伝子ほどの多様性、そして遺伝子の交配などをどうやって実現するのか。これがなければ個人を生むのは難しい。すべての行動を単一の教育されたアルゴリズムで答えることになるだろう。そこに心があるのかは定義にもよるが心という言葉の普段の用法からすれば似つかわしくはないだろう。
 ぼくは思うんだが人間は「知性あるものは人間と同じ心」を持つのだという傲慢を持つようになってしまったのではなかろうか。これは傲慢である。よくある「人間になりたがるロボット」が僕は嫌いで、その中に人間至上主義を見るからだ。

 さて、ここまで話してまだ本題に入っていないわけなのだが、さすがに長すぎるので一端区切ろうと思う。文字ばっか読むと疲れるし、プレビュー数稼げるし
 では、今回話したいことは何かというと、「アンドロイドで人間の心をどうやって再現するか」ということだ。さっきアンドロイドで人間の心はできないじゃん、って突っ込まれると思うが、そうではない。アンドロイドに心がなくても「人間」を再現することは可能だ。会話パターンさえ組めれば30分程度の会話なら今でさえ70パーセントを超える人間と違和感なく会話する人工知能は存在する。そこに心がこもってないと批判するのは簡単だが、心など誰にも見えないのである(中国人の部屋とか哲学的ゾンビみたいで興味ある人は調べてね)。会話パターン、行動の規範怪しまれない程度の個体差(趣味嗜好など)すべてのアルゴリズムを完璧
にできるなら、「人間」は作れる
 攻殻機動隊一期三話「ささやかな反乱」ではそれに対する面白いアプローチをしていた。これと、そして物語の結末は非常にそそられるものがあり攻殻SACの中で一番気に入っているエピソードである。それをぜひ紹介したい。
 
 
今回は生存(はてなブログ的な意味で)報告のために書きました。つづきは少し遅くなるのでまあ、お待ちください。なんというか就活の話をブログのトップに置きたくなかったんです許してください。
 またね!